女子大生の鍋

女子大生数人による、思想の闇鍋・オープンスペースです。

オタクのショルダーバッグはなぜストラップが長いのか


表題の通り、オタクのバッグについて考察していきたいと思う。最初に断っておくが、ここでの「オタク」という言葉は性質を指さない。話題に上った時、「あー、あの人…、オタクって感じするよね。」なんて言われてしまう、いかにもオタクなファッションに身を包む人だ。
さて、そんなオタクの人がショルダーバッグを下げて歩いている姿を目にしたことがあるだろう。ないという人は大学とかその辺で通行人を観察してみてほしい。一時間もあればわかる。私が保証する。そしてその姿にどこか違和感を覚えるだろう。なんかバランスが変。そう、ストラップが妙に長いのだ。一歩あるくたびにバスンバスンいうさまは見ているだけでも鬱陶しいし、重い荷物を入れようものなら重心がブレまくって転びそうだ。そんなリスクを負いながら、彼らはなぜストラップをあんなにも長くするのか。てかリュックの方が便利だと思う。
この問題を、私は真剣に考えてみた。

なぜショルダーバッグなのか
中学生、あるいは高校生の時、バスケ部やサッカー部などのイケイケ集団はなぜかみんな肩掛けのエナメルバッグを持っていたな、と思い当たった。しかしオタクたちは意固地にリュックを持っていた。(よね?)彼らにとって、イケイケ集団が持つようなモノなんてとてもじゃないが持てない。それは侮辱だったかもしれないし、畏れだったかもしれないが、いずれにせよイケイケ集団と一線を画した世界に住むオタクたちは、ウェイで低俗な流行と相容れるなどもってのほかなのである。
……しかし、イケイケ集団が青春をイケイケに過ごしていたのもまた事実。自分もエナメルバッグを持っていればイケイケできたかもしれない。教室に駆け込む姿も輝いていたかもしれない。かわいい女の子と話す勇気だって持てたかもしれない。イケイケしたかったな…。――過ぎ去りし青春への懐古から、肩にカバンをさげて爽やかに登校する姿がイケイケ男子のテンプレートとしてオタクの心に灼きついてしまったのだ。なんということだろう、あと5年早く気づいていれば。でも自分は帰宅部だったし、大学生になった今エナメルなど誰も持っていない。じゃあせめてショルダーバッグを持とうじゃないか。そう、おれは青春を取り戻すのだ。こうしてオタクはカバン屋へと向かう。

ストラップの異常な長さ
しかし考えてみてほしい。ショルダーバッグ自体に罪はない。罪があるのなら市場に出回っていないし、すべてのショルダーバッグは歴史の闇に葬られ、肩にカバンをかけるという概念すら消し去られていることだろう。「オタクって感じするよね。」と言われてしまう所以、それは先述のとおり、異常に長いストラップだ。
ふと、私はここで大きな壁にぶつかった。万人の使用を想定した上で長さの調節ができるようにしてあるストラップを、どうして等しく最大限に伸ばすのだろうか。全く分からない。ていうかイケイケ集団もストラップあんなに長くしてなくない?これは論理の破綻だ。非常にまずい。
行き詰まった私はふと某チューブでアニメを漁った。ボ○ズの作画スゲーと思いながら見ていた。そこで一つの仮説に思い至るのである。
アニメの登場人物は、高確率でなぜか衣服がヒラヒラしている!
これだ!私は膝を打った。アニメや漫画の世界では、物体が現実にはありえない動き方をする。強風が吹いているわけでもないのにトレンチコートのベルトが浮いていたり、マントがひるがえっていたりする。きっとオタクの常識ではそんなふうにユラユラヒラヒラするものがカッコイイ……いや、彼らにとって二次元こそ生きる世界、紐状や布状になったものはユラユラヒラヒラして「当然」なのだ。ユラユラヒラヒラさせるためにストラップを長くしているに違いない!

以上が私の考察である。私は最初、ひとえに青春への懐古で問題を片付けようとしていたが、それは大変な誤りだった。イケイケ集団さえも到達できなかった、次元を融合したオシャレの高みへとオタクたちは歩みを進めていたのである。そのような目的がなければ、あんなに多くの人間が無意味にストラップを最長にすることなど考えられない。恐るべしオタク。クールジャパンの担い手は彼らで間違いなかった。次元を超越する彼ら戦士は、きっと日本の未来を明るく照らしてくれることだろう。衣服をヒラヒラさせながら…。

楽しい国語でした。(これがペンネームだよ!)