女子大生の鍋

女子大生数人による、思想の闇鍋・オープンスペースです。

もう、ドラマがつまらないのを俳優のせいにするのはやめよう。

 どうも、新宿区新宿です。

 ここは、考えていることや体験したことを書き残しておく場所なので、今回も最近考えていることをつらつらと書くことにします。

 

 数年前、空前の海外ドラマブームでしたよね。24やプリズンブレイクが大流行していたと記憶しています(今もhuluとかで配信されてますよね!面白い!)。この頃から、「海外ドラマオタク」みたいなものが世間に認知されるようになったのでしょうが、今回は海外ドラマオタクの皆さんについての話じゃないです。

 

 さてさて私は、ただ機械の様に「日本のドラマつまらなーい」って言っている人たちの存在がとても気になります。Twitter2ちゃんねるまとめサイトも含めて)などを見ればわかりますが、日本のドラマが低視聴率であった場合、出演している俳優や女優が批判されていることが多いです。「○○は演技下手」「△△は事務所の力でドラマの主役取っててウザい」といったタイプの批判、みなさん一度は見たことがあるのでは?

 

 最近私は、huluやネットフリックスなどを利用して海外ドラマをよく視聴するようになりました。たしかに面白いです。次から次に起きる事件、人間関係の変化…確かに引き込まれます。日本のドラマよりずっと、続きが気になります。

 

でも、「次から次に起きる事件」「人間関係の変化」なんて、俳優や女優の問題じゃないですよね。そのほとんどが脚本の問題です。脚本に演技で息を吹き込むのがドラマですから、演者の表現力不足は、はっきり言って二の次に思えます。

 

なぜ俳優や女優への批判に比べ、脚本家や演出家への批判は少ないのか?

これが最近私の気になっていることなのです。

演劇サークルに所属している友人からは、“脚本の粗をカバーしてこそ俳優”という考え方を演劇界隈でよく聞く、との話を聞きました。

しかしながら私はやはり、なぜ逆に“演技の下手な俳優をカバーできるほど面白い脚本、工夫された演出”という考えはないのか、と思ってしまいました。演技で本のつまらなさをカバーするのはどうにも限界があるように思えてなりません。

 

 脚本家や演出家、テレビ局のドラマ制作関係者の人々も、きっと低視聴率ドラマが俳優・女優の演技レベル、あるいは不人気さといった観点から批判されやすいことを知っているでしょう。私には、彼らがそのような「俳優・女優の責任論」にあぐらをかいているように思えます。多少手抜きしても、出演者のせいにすればいいや。このように考えている関係者がいてもおかしくないでしょう。

 

 

 

 小学生の時、学習発表会で他の学年の劇を見るのが大好きでした。露骨に声が小さい子もいました。恥ずかしそうに、手振り身振りをあまりつけないで台詞だけ棒読みして捌ける子もいました。でも、著名な童話や絵本を劇にして表現したそれらの作品は、私にとってとても面白く、引き込まれるものでした。演技に多少問題があろうと、元にしている話が面白く、大道具・小道具が一生懸命丁寧につくってあれば、「見れる」作品になるんじゃないでしょうか。

 

 顔も知らない脚本家や演出家を叩くより、華々しい世界で活躍している俳優や女優を叩いたほうが楽しいのかもしれません。しかしそのような一般人の行動が、ドラマ制作関係者を慢心させ、ドラマをつまらなくしているのではないでしょうか。